この人の暮らし方
邦楽の世界の暮らし
塚田陵子さんはおよそ半年前に故郷の長浜に新たな住まいを定めた。
はじめは町家に住むことへのこだわりはなく、たまたまお知り合いのご紹介があったことがきっかけだったという。
「でも実際に住んでみたら、古い建物には独特の優しさがあって、自分が癒されていることに気付きました。もし将来引越をするとしても、雰囲気の良い町家があったらいいなと思います。」
そう話してくれたことがとても嬉しかった。
以前はお勤め先のある京都にお住まいだった塚田さん、実は民謡の唄い手としての顔を持ち、地元長浜でも熱心に活動されている。
つまり、あえて京都への電車通勤を選択し、それと引き換えに邦楽活動に打ち込める暮らしかたを選択されたのだ。
「曳山まつりにはじまり、冨田人形や三味線糸など、邦楽に縁の深い地元で自分も何かができないかと考えていました。」
普段の生活の中で邦楽を耳にする機会は稀、という方も少なくないかもしれない。
自分もそのひとりであるが、伝統行事や祭礼の豊富な湖北に暮らしていると、ふと聴こえてくる邦楽の調にハッとすることが多くなってきた。
とりわけ、飾らない言葉で唄われる民謡の中に出てくる風景に惹き付けられる経験が増えている。
同世代の唄い手である塚田さんは、民謡をどんな風に見ているのか、やはり一番気になったことを伺ってみた。
「土地の風景や文化や方言を学び、教えてくださる方の暮らし方や人となりを感じとろうとすると、それまで知らなかった世界がどこまでも広がっていきます。
わたしはそういう、日本人が描いてきた暮らしや風景を知り、後世に受け継いでいきたいです。民謡や邦楽というとお年寄りの音楽というイメージを持たれることが多いけれど、ちょっとでも若いうちからやっていたいと思っています。」
話しながら見せてくれた民謡の風景を収めた写真集に、さっそく引き込まれてしまう。
自分たちが暮らしているのはどんな土地であるのか、ご先祖達はここで何を想い、どんな暮らしをしていたのか。
それを知っていたいという気持ちが確かにあり、
それはこうして受け継いだ町家を大切にしたいという気持ちと、同じところから来ている感覚なのかもしれない。
そういった世界への想像力をはたらかせることと、普段の生活との接点がもっと身近なものになって、邦楽であれ町家であれ、それらを嗜むことが一風変わったことではない、ごくごく自然な楽しい暮らし方のひとつになれば、とあらためて思う。
自宅近くでおすすめの場所を伺うと、
「ほろ酔いで歩く夜の船町の風景。白壁や舟板塀が並ぶ雰囲気がすごく気に入っています。」
と答えてくれた。
まちなかに暮らしていると、こうして身近なところでいくつもの素敵な風景に出会える。
とても贅沢な幸せだ。
それにしても職場が随分遠くになるということは、多くの方にとって引越し先を選択する時には高いハードルではなかっただろうか。
「職場は京都駅を出てすぐのところにあります。以前は京都に住んでいたと言っても駅の近くにはなかなか住めません。地下鉄やバスで30分かけて通勤していたので、新快速に乗って1時間で京都につける長浜駅のそばであれば大きな違いはないですよ。」
「それより、挨拶をしたりお裾分けを頂いたり、近所の方々と顔が見える関係があって、こっちに来てからの方がいざという時の安心感があります。」
さらりと話してくれた塚田さん。
職場や通勤距離、暮らしかたや環境などは、誰もがその時々の状況の中で、伸び縮みのバランスを考えながら、それぞれの現実をつくっているのだと思う。
塚田さんはその視点を少し広く持っているのだろう。
住まいを拝見しながら、通勤生活のリズムやこれから取組もうとされていることのお話しなどを聴いていると、とても清々しい気持ちになった。